分類:よくある質問

サブゼロ処理

サブゼロ処理とは?

 焼き入れ硬化処理とは、「オーステナイト化した鋼を急冷してマルテンサイトにすること」と言えますが、その際、100%マルテンサイトになるわけではなく、必ず幾分かのオーステナイトが残留するものです(残留オーステナイト)。この残留オーステナイトは鋼のC量が高くなるほど多くなり、また、焼き入れの際の冷却速度によっても変化します。通例は、水焼き入れより油冷の方が多く残留します。
 焼き入れ直後の残留オーステナイトの量は、S-C材やSK材のような炭素鋼においては数%から15%くらい、SKSやSKD等の合金工具鋼では20%前後、SKHにおいては30%に達することがあるとされています。
 この残留オーステナイトは不安定な存在で、時の経過とともにマルテンサイト化していくのですが(時効効果)、その際に、体積変化を生じるため、ゲージ等では「寸法変化」として現象します。

 「サブゼロ処理」とは、時効に伴う残留オーステナイトのマルテンサイト化の強制的実現、です。数ヶ月~数年にわたる時効効果の結果を1回の処理で事前に獲得しておく処理だと言えます。
 その方法は単純で、ドライアイスまたは液体窒素による冷却です。

サブゼロ処理の必要性

 ゲージ等の場合、焼き入れ処理に伴う残留オーステナイトの存在が経年変化の原因となるわけですから、サブゼロ処理をするに越したことはありません。事実、処理を指示されている場合も多くあります。
 しかし、サブゼロ処理をすれがすべて万全かと言うと、必ずしもそうではないだろうというのが実感です。
 例えば、ブロックゲージの経年変化の場合、寸法収縮しているかと思えば寸法伸長しているものがあります。経験的に語られてきていることは、「ブロックゲージは寸法の大きな方向に伸長変位する、すなわち、小寸法のブロックゲージは縦方向に伸長するため寸法部は縮減し、大寸法のブロックゲージは寸法部方向に伸長する」ということなのですが、これなどは残留オーステナイトのマルテンサイト化という時効効果だけからは説明できない事象です。つまり、ブロックゲージ等の場合は当然サブゼロ処理はなされているわけなのですが、それでもなおその他の諸要因によって寸法変化が免れないということなのです。

限界板ゲージのサブゼロ処理

 板ゲージの場合、原則的にはYG4(SKS4)ないしSGT(SKS3)を素材としており、また、測定部のみの局部焼き入れ処理です。
 従って、残留オーステナイトのマルテンサイト化による寸法変位が影響するほとんど無視できると考えられます。また、仮にサブゼロ処理を行ってもその効果はほとんど僅少なものです。
 板ゲージの製作に当たって、「焼き入れ部分を如何に小さなものに止めるか、その小さな焼き入れ部分の測定面該当部分にHRC62~64を確保実現できるか」に向けて《修業》させられるのには、理由があります。
 なお、総焼き入れゲージの場合は事情が異なり、サブゼロ処理をしておくことが品質保証の点で必要かも知れません。
 しかし、焼き入れ処理に引き続いてサブゼロ処理した素材に対して、平面研磨をしあるいは放電加工する《その後始末》をキチンとしなければ大きな寸法変位原因を抱え込むことになる、ということはこのホームページの他の箇所で再三強調していることです。

 最近、小さな板ゲージについて、「サブゼロ処理・指定硬度HRC62」と指示してあるものを見ました。
 素直な解釈によれば、総焼き入れしてサブゼロ処理をしたものは寸法変位が些少な良い(高級な)ゲージであろうと設計者がみなしている、と理解できます。
 このような処理は専門の熱処理業者に全部委託しなければなりませんが、他方では、キチンとしたフレーム焼き入れができる技術者がいないのかも知れません。フレームでの局部焼き入れができなければ炉での全部焼き入れをせざるを得ません。
 その結果はと言えば、工程が増え、コストがかさみ、その割には寸法変位を生じるという、「困った」ゲージになりかねないわけです。
 従前からの方法を再評価すれば、「ローテクとは実は凄いんです。

主要参考文献:
   『鉄鋼材料便覧』 丸善
   『JIS鉄鋼材料入門』(新訂版) 大河出版
   『鋼の熱処理』(改訂5版) 丸善
   『熱処理技術マニュアル』(増補改訂版) 日本規格協会
   『熱処理ガイドブック』(基礎編) 大河出版
   『熱処理技術入門』 大河出版
    →最近、日刊工業新聞社から総合便覧が刊行されています(未読)


【追加の議論】

 サブゼロ処理とは、要するに、焼き入れ処理で生じた残留オースティナイトを強制的にマルテンサイトと化する処理ですから、硬度は硬化する代わりに「じん性」に欠けるようになる、言い換えれば、「硬く脆くなる処理」です。

 ハサミゲージ等の板ゲージではほとんどサブゼロ処理が問題ならないのは、局部焼き入れで焼き入れ部分が些少に留まる、ということと、ハサミゲージの寸法の狂いの原因というのは、①フレーム焼き入れの後、焼き戻しをしていない。あるいは、焼き戻しの必要性についての知識に欠けている。②機械加工の際や、あるいは、仕上げに際して寸法調整を叩いて行ったりして、残留応力の蓄積に対して無頓着である。③素材の成型時に放電加工機を使用する等、過度なエネルギーを負荷することに拠る残留応力の問題に対して無知である、・・・といった点が指摘され、逆に言えば、これらの点については、なお、改善可能であるわけです。

 ところが、リングゲージや栓ゲージで、総焼き入れで製作する場合、全部が全部サブゼロ処理を経て製作されているわけではなく、また、それで何か顕著な不都合が生じているわけではありませんが、教科書等ではサブゼロ処理をしなければ万全ではないような記述が見受けられます。
 しかしながら、サブゼロ処理を経ていないから寸法変位が解決できていないというのは、物事の半分を言い当てているに過ぎないと思うわけです。なぜならば、ゲージ等の寸法変位は、その素材の結晶構造の変化(残留オースティナイトのマルテンサイト化に伴う体積膨張)による点があるにしろ、残留応力の問題を解消するものではありません。そのためには、サブゼロ処理と焼き戻し処理を交互に何度か繰り返した上で、更に「シーズニング処理」をしないといけないと指摘するべきなのです。
 併せて、その処理を何時・どの工程で行うべきかも考慮されるべきでありましょう。
 サブゼロ処理を行い、シーズニングを行った素材に対して仕上げ加工をするべしと言うのか、あるいは、仕上げ加工そのものがワークにストレス(残留応力)をもたらすものであるから、その総ての工程が完了してから行うべしと言うのか・・・。この後者の場合では、仕上げ精度がキャンセルされてしまいますから、まったく現実的ではありません。
 つまり、教科書的な説明に対しては、私らは以上のような疑問を持ってしまうわけです。
 もちろん、焼き戻しやサブゼロ処理で、ワークに温度変動を何度か与えるわけですから、シーズニングを不十分ながら(無自覚的ながら)やっているのと同じことになりますから、やらないよりはやった方がそれなりに効果があることになります。

 問題は、つまり、ワーク(この場合は、ゲージ類)に求められる精度条件でありましょう。
 製作公差に±10μmを認めるようなワークにサブゼロ処理まで求める意味はどこにあるのかと思いますし、±0.5μmの精度を求めながら焼き戻し処理すら不問にする、無関心であるということは、あり得ないことです。また、ごく短期間の検査作業に用いるゲージに対して、5年後 ・10年後に問われるべきような寸法変位原因の解決を求めるのも、いかにも過剰ではあります。