分類:手技と手業の世界観

ハンドラップという手業

ラップの技法というのはいわゆる「砥粒加工」であって、微細な研磨砥粒を使ってワーク表面を磨き上げるものであるのだが、その場合に、前工程で生じているワーク表面の加工痕を消除する、場合によっては鏡面にまで仕立てるという「磨き」の技法の一つとされ、或いはまた、もう少し寸法を摺り下ろそうという場合の「超微細加工」の技法と位置付けられる。
ゲージ製作の場合、特にハサミゲージ製作の場合はワークの「内側」の加工であるから、機械力の適用ができない。従って、手業に依らざるを得ないことになるから、手業が最高・最終的な加工方法であり続ける。

私らゲージ屋の仕事というのは、ワークは必ず焼き入れものであるのだが、世間的にはこれは例外的なことであるらしく、多くは焼き入れものではない。
金型屋さんで、焼き入れたワークの表面を鏡面に仕立てるという場合、HRcで35程度の焼き入れで鏡面に仕立て上げることができるという話を聞いたことがあるのだが、金型の焼き入れというのはほとんど例外なしにHRc58~62なんだろうというそれまでの理解が覆された経験がある。
HRc58~62のワークと、ナマ材もしくはHRc35程度のワークとでは、技法もそれに使用する道具立ても全く違った世界になるから、ワークの材質や物性の違いに応じたラップ技法というものを強く意識する必要があるのだが、そのことが十分に検討され説明されたという事例はないようである。

ハサミゲージ製作でハンドラップ技法による仕立て上げを修練する場合、従前のWAラップ砥粒+鋳物製ラップ工具+ラップ油という道具立てで、S45CやS55Cの焼き入れワークを措定して練習に励むとか、最初からSK4(YG4)の焼き入れワークを措定するとか、ラップしやすいところから始まる。
ラップのしやすさというのは、ラップの研磨力がワークに対して充分な対応力を持っているという状態を意味するから、この道具立ての場合、ラップ力の大きさは砥粒粒度によると理解され、#1000~#2000のWA砥粒の方が#3000のWA砥粒を使うよりもラップ加工が容易であるということになる。もっとも、#1000~#2000のWA砥粒を使うと、1μmの寸法差というものが曖昧になり、或いは、ワークの平面度・平行度が芳しいものとはならないから、#3000WA砥粒でラップするという技法の水準をクリアしていかないと修得したことにはならない。

 ハンドラップでの技法の良否を判断する基準というのは、加工面が丸みを帯びているか否かである。
ラップ面が丸みを帯びるということは、作業者のラップ動作が散乱していて一義的に安定的・確定的な反復動作ができていないという技能の未熟さを反映したものであり、あるいは、ワークの物性に対してラップ力が不足していることを意味している。前者の場合は、ラップ力が足りていないから作業に無駄な力が入って動作が一定しないという見方もでき、つまり、ラップ技能の修得と向上のためにはラップ力をいかに高めるかが解決のための道筋になると言える。

WAラップ砥粒+鋳物製ラップ工具+ラップ油という道具立てがハンドラップでのほとんど唯一のものであると理解されてきたのは、SK工具鋼に対するラップ加工で必要かつ充分なラップ能力が発揮されるという経験則が広く共有され、いっそうの蓄積がなされてきた結果なのだが、しかしながら、SK工具鋼のうち、焼き入れ硬度がHRc64に及ぶSK3(YCS3)の場合、また、タングステンが含まれている焼き入れしたSKS2(SA1)に対して、この道具立てでどれ程の難儀を被るかは、経験すべきゲージ製作者は経験している。
ラップ加工が難儀であるということは耐摩耗性に秀でているという理解に立てば、ユーザーにとってはSK3やSKS2という鋼種で製作されたゲージは好ましく、かつ望ましいものであることは間違いないのだが、製作する側は難儀なのである。
従って、ラップ力というものの正体は何か?ということを改めて考えなければならず、その結果として、ラップの道具立てを再構築しなければならないということになる。

ラップ力というものを発揮するのはラップ砥粒であって、鋳物製のラップ工具というものそれ自体には何らラップ力というものを発揮するものではない。
 ラップ砥粒がラップ力を発揮できるのは、鋳物製ラップ工具表面にある凹凸の凹にラップ砥粒が嵌り込んで固定され、そのラップ砥粒がワーク表面に切り込んでラップ加工を実行していくというプロセスを辿るものなのである。この状態が、最もラップ力が高い。
 このような見方から言えば、鋳物製ラップ工具表面の凹凸の凹の大きさ・深さがラップ砥粒の粒度と適合しているとラップ力が円滑に行使されることになり、従って、その場合の砥粒粒度が#3000程度という話になる。手業(ハンドラップ)の場合、ラップ砥粒がうまくラップ力を発揮できているか否かは体感する問題であるから、鋳物製ラップ工具の表面性状の適否も「やってみると分かる」という話になる。
鋳物製ラップ工具の場合、「ネズミ鋳鋼」が最もその素材として適合的だと言われているのだが、素材として鋳造される場合に、冷却の不均等さやその他のもろもろの事情から、決して材質として均等・均一なものとはならないようで、鋳造されたもののどこからどう言うように切り出して作られたかによってラップ工具としての性状に微妙な違いが生じるようである。
 表面の凹凸の凹が均等・均一に分布されているか否かに関わるのだが、具体的には、ラップ砥粒として#4000に適合的だが#6000に対しては効用を発揮し得ないとか、#3000で表面が滑ってしまうが#2000では極めて有効であるとか、ラップ工具として仕立てた場合に、微妙な表面特性の差が現れてくる。

機械ラップの場合のラップ盤というものが鋳物製である場合、その鋳物の構成成分それ自体を調製することは可能だろうから、最高のラップ効率とラップ品質を実現できるようなものとして製作されているのだろうと推測している。
機械ラップの場合のラップ盤で、昨今では鋳物以外の材質のもの(その多くは、鋳物よりも硬度の低い軟材を用いている)が紹介されているのだが、この場合は、鋳物製のラップ盤の場合とラップの原理が異なっていることに留意する必要がある。ラップ盤の材質等をテストするためのプロトタイプを実機上にマウントしてテストするというのでは費用が掛かりすぎるわけで、ハンドラップ用のラップ工具に仕立てて手業でテストしても有益な情報はゲットできるだろうから、機械ラップの大量生産体系の下でも単品対応のハンドラップ技能が準備できているに越したことはない。