1. ダイス鋼製ゲージの世界

ダイス鋼製ゲージの開発端緒とその意義

■経過と展望

ものごとには経過があるということ

 昨年の夏になりますか、日立金属(株)が、いわゆるSK(SKS)材の製造から撤退するということになりました。
 その以前にも、「鋼種統合」という名目で、YG4の製造が廃絶され、YCS3に統合されてきましたから、ちょっと危ぶんではいたわけです。
 それまでは、私のところでは、SGT(SKS3)を採用してきていましたから、早速に材料確保に走りました。

 結果的には、4Tに関してはSGTが、5T/6T/8TについてはYCS3を確保することができましたが、その時点での私のところの製作量から言えば、ほぼ10年分に相当する量です。
 それで一安心かと言えば、まぁ、一安心したわけでしたが、それで済む話ではないだろうと思ったわけです。

 幾ら材料を確保したと言ってみたところでいずれは払底してしまうわけで、その際には、いわゆるダイス鋼(SKD11)しか選択の余地はありません。従って、どうしてもダイス鋼製ゲージの製作技術を獲得しておかなければ、それに備えることができないわけです。
 昨年の時点では、その製作技術の確立にどれくらいの期間を要するかを見通すことができませんでしたが、取り組みを始めたわけです。

ゲージ製作技術が転換するということ

 ご承知のように、ハサミゲージの製作技術については、関西では陸軍大阪造兵敞で組織的に教育・訓練がなされ、当時既に独立開業されていたゲージ・メーカーでも、ほぼ同じ技術・技能が共有されたいました。

 その内容は、鋳物製ラップ工具+WA砥粒+ラップ油というものでしたが、これは、「既に確立された技術・技能」というわきまえがなされて、現在に至るも、その基本に変更がありません。わずかに、GC砥粒を採用すると
か、ダイヤモンド砥粒を活用するとかの「改善」がなされてきていますが、技術・技能の「枠組み」については、む白、この技術・技能以外にはあり得ないという理解がなされてきたように思えます。

 しかしながら、この従前技法では、ダイス鋼に対しては全く歯が立たないわけです。
 焼き入れダイス鋼の耐摩耗性はSGTと比較して3倍であるという、日立金属(株)の提供する資料にありますが、つまり、WA砥粒なりGC砥粒では全くラップ力が発揮され得ないわけです。ダイヤモンド砥粒ではどうかと言ってみたところで、それ程の有効性が発揮されないことはSGTの場合でさえ明らかなわけです。

 特にラップを行った場合、焼き入れダイス鋼のラップ面上に「ピン・ホール」が発生します。
 この原因が、過剰なカーボンが析出しているためか、バナジウムが何か悪さをしているためか、その原因・理由は別途検討されて良い問題ですが、結論としては、そのままではゲージ素材としては不向きだという結論に陥ることになります。

 他のゲージ素材ということは考えられない(ハイスを選択するということが考えられそうですが、その熱処理が、フレーム焼き入れでは著しく困難です)ため、その前提で解決を図らないといけない。
 結論を言えば、湿式の遊離砥粒ラップを適用するからそのような差し障りが生起すると判断し、乾式の固定砥粒ラップへの転換を図ったわけです。

 この試みは、十分に成功しているわけです。

 そのことを踏まえれば、以下の結論が言えることになるわけです。つまり、
 1.従前からハサミゲージの製作技術として確立されてきた湿式の遊離砥粒ラップというものは、SK(SKS)材という限定された素材に対してのみ有効な技法であって、決して、一般的・汎用的な技法ではなかったというこ
   とが明らかになった。
 2.乾式の固定砥粒ラップという技法の下では、従前では不可能とされてきた鏡面ラップが極めて容易なものとなり、従って、ごく微細な寸法コントロールが可能となるため、これも従前ではほとんど不可能とされてきた一
   定な寸法ジャストのゲージを製作するということが、極めて容易になった。
 3.固定砥粒ラップですから、ゲージ製作時に生じるブロックゲージの損傷・消耗がかなりに緩和される。
 4.併せて、乾式・固定砥粒ラップが一般的・汎用的な技術・技法となることによって、ダイス鋼に対しても、SK材に対しても同じく適用できるため、材質の違いによって適用すべき技術・技能が異なるということはない。

 以上のうちで、特に4.の問題が実務的には大きな意味を持ちます。
 SK3(YCS3)という材料は、焼き入れ時の硬度が非常に高く、念のために硬度を測定した際、HRc64が出ていたことがありました。SKS3(SGT)でHRc64という硬度が実現できた例しがなかった(目一杯のことを行っても、HRc62)ので、SGTが比較的広く採用されてきたというのは、「耐磨不変鋼である」という材質評価とともに、この焼き入れ問題があったのかも知れません。HRc64というと、湿式のWA遊離砥粒ラップではほとんど対応できませんから。

 以上のような点から、ダイス鋼製ゲージとSK(S)3ゲージを製作・供給しています。

ダイス鋼製ゲージは時代の要請であるということ

 要するに、ダイス鋼を選択しないということになれば、他の選択肢としてはSK5材しかないという時代になっていますから、日立金属(株)に成り代わってSKS2/SKS3/SK3/SK4の薄板材 を製造して一般流通に乗せるという製鋼メーカーが現れない限りは、この方向に向かわざるを得ません。

 現状、ハサミゲージの品質条件として、ゲージ製作公差の最小値ジャストであることが要求される顧客向けにダイス鋼製ゲージを製作・供給しています。
 ゲージ製作公差なり摩耗限界といJISの規定の下で、できるだけ長寿命なゲージを求めるという点もありますが、「嵌め合い」の考え方から言えば、軸用の外径用ハサミゲージが製作公差最小値ジャストに製作されていれば、それがワーク製造の際にはもっとも望ましいワークの品質管理に結びつくわけです。
 少なくとも、そのように製作されたゲージが長期間にわたってその寸法精度が維持される、換言すれば、耐摩耗性が極めて優良であるという素材でゲージが製作される必要があるわけです。

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2. 標準製作ゲージの品質保証

材料・材質
日立金属(株) SLD ( JIS類似 SKD11 )

適用される仕様
基準寸法50mm以下の角形ハサミゲージ  4T~5T
基準寸法50mmを超え100mmmmのC型ハサミゲージ  6T
形状仕様については JIS B 7420 に準拠

測定部局部焼き入れ、低温焼き戻し
フレーム焼き入れ 1,050℃
低温焼き戻し 150~200℃
焼き入れ硬化 HRc58以上

ゲージ測定面仕上げ
#6000~#8000 cBN砥石による固定砥粒ラップ/乾式(ほぼ「鏡面」)
#3000~#4000 cBN砥石による固定砥粒ラップ/乾式(一般精密仕上げ)

ゲージの寸法値・平行度の偏差
±0.2μm以下  (JIS 1級のブロックゲージ・セットでの検定)

『検査成績票』を個別に添付

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3. ダイス鋼製ハサミゲージの特質

その特質の第1は、ナマ材の状態でも非常に丈夫な材料であるということにある。ナマ材の硬度をHRcで計測すると、HRc16~18となっている。いわゆるSK工具鋼の場合では、ナマ材の硬度はHRcでは0以下で測定値としては出てこないから、硬度の差は歴然としている。
この差はどういうところに現れてくるかというと、ブロックゲージでハサミゲージの寸法を検証する場合、一般のSK工具鋼製の場合にはその母材の「弾性」に影響されて、±0.5μmの寸法差がうまく読み取れない場合が生起するのだが、ダイス鋼製の場合は、そのような曖昧さに左右されることなく、±0.2μmの寸法差がきちんと読み込める。±0.5μmとか±0.2μmとか言ってみたところで些少なことだから、ゲージの精度条件を大きく左右するものではないだろうと評する向きもあるのだが、この点を無視して「鏡面」とか「リンギング」といった論点は成り立たないから、いっそう高精度なハサミゲージを需めるユーザーにとっては決して看過し得ない材料特性である。
もちろん、改めて指摘するまでもなく、金型材料として旧くから採用されてきていた材料であるから、ハサミゲージの材料としての適否が更に問題になるということは有り得ないことである。

その特質の第2は、焼き入れ処理した場合の耐摩耗性がSK工具鋼と比べて2~3倍とされている。
通例、工具鋼の耐摩耗性とは、その焼き入れ硬度によるとされ、焼き入れ硬度の高低はそこに含まれるカーボン量によるとされているのだが、ダイス鋼の場合は、SK工具鋼とほぼ同じHRc60の場合であっても、その硬さはマルテンサイトではなくてクロム炭化物の硬さであり、バナジウムの効用がもたらす耐摩耗性である。
ハサミゲージが適用されるワーク加工物にクロム鋼その他の特殊鋼素材の比率が高まり、ハサミゲージの耐摩耗性への要求レベルが上がって来ている現在、旧前のSK工具鋼製では事態の改善が図れないことは言うまでもない。

耐摩耗性に秀でているということは、別な言い方をすれば、ラップ加工が非常に困難な材料であるということである。実際、旧前のハサミゲージの製作技法であるWA砥粒を用いた遊離砥粒ラップ/湿式の技法では全く歯が立たない。
もっとも、ダイス鋼よりも硬度が高い超硬に対しては、この遊離砥粒ラップ/湿式の技法が十分に通用するので、SK工具鋼製には満足しないユーザーに対しては超硬製が提供されてきてはいる。技法の違いが歴然としているから、超硬製ハサミゲージの製作ができるゲージ・メーカーが、ダイス鋼製ハサミゲージを製作出来るかと言えば、直ちには出来るということにはならないだろう。

その特質の第3は、ダイス鋼は言い替えると12%クロム鋼だから、非常に錆びにくい材料であると言える。
ステンレス鋼の場合、13%クロムからステンレスと言える耐銹性を発揮するようになると言われているのだが、ダイス鋼の場合にもステンレス鋼と同じような傾向性を帯びると言えるような感触を持っている。
いわゆるステンレス鋼の「自己修復性」の問題であって、ステンレス鋼の表面で防錆能力を発揮しているのが酸化クロム層なのであるが、この酸化クロム層が物理的に破壊された場合でも新たに生成される酸化クロム層で補充されるということを意味するのだが、ダイス鋼の場合も同じような傾向性を指摘できるのではないかと考えている。例えば、ブロックゲージをゲージの校正等に使用して表面に微細な傷が入った場合でも、当初は鮮明な傷も、経時的に徐々に薄れていくことが視認できるわけである。

その特質の第4は、経済性の問題である。
ユーザー(購入者)にとっては、丈夫で摩耗せず錆もせずに寸法変位もきたさない(形状安定性が秀逸)という利点があるのだが、ハサミゲージ・メーカーにとっても、適切な加工・仕立て上げ手段を準備することによって、SK工具鋼製の場合とほとんど変わらない製作効率が実現できる材料なのである。
ダイス鋼製ハサミゲージの採用・購買によって、コストは劇的に下がる。

従って、結論的には、SK工具鋼製ハサミゲージは、「終わった」のである。

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4. ダイス鋼についてのカタログ資料

ダイス鋼製ハサミゲージを言う場合、それは日立金属(株)製の「SLD]という呼称名で流通しているダイス鋼の板材をいいます。JISの類似鋼種がSKD11という標準的なものですが、SLDにはSLDとしての特長があって、同一視して良いとは必ずしも言えないものです。

ダイス鋼製ハサミゲージの製作に乗り出した当初は、以下の日立金属(株)の発行されているカタログ資料に全面的に依拠したものでした。
簡にして要を尽くしての記述は、読み返す度に、何らかの示唆を与えてくれて、問題解決のために背を押してくれたものでした。

SKS3やSK3といったSK工具鋼とダイス鋼やハイスといった鋼種との比較検討が良いに行える資料です。SK工具鋼とそれ以外のものとの違いがはっきりと把握できます。

YSS冷間加工用工具鋼

SLD(JISSKD11類似)についての詳細な資料になります。実務的には、専門書を参照するよりも適宜なものがあります。
技能開発中は不断に参照しました。

YSS高級冷間ダイス鋼:SLD

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5. 従前技法からの転換

 通常のSK工具鋼製ハサミゲージについて指摘される問題点として、①材質として柔弱な側面がある。②耐摩耗性に満足しきれない。③発錆が防止できない。といった諸点があります。
 しかしながら、JISの規定ではハサミゲージの材質について「SK4相当もしくはそれ以上」とされているところ、SK3ないしSKS3で製作されていれば必要かつ充分な材質で製作されていることになり、また、これらに替わりえる材質はないということもあって、SKS3が指定されたりもしているのが現状ではありました。その「改善」として、総焼き入れゲージとするとか、ゲージ母材面を黒染め処理するとかの「ユーザー要求事項」が受け入れ条件とされてきたりもしています。このような付加処理が求められた場合、ゲージ・メーカーの側から言えば、これらの付加処理やその処理に伴う技法上の手間暇は製作コストになりますから、そのコストに見合うだけの価額が補償されれば、別段、「できません」という理由はないことになります。

 ゲージ・メーカーの側からの発想では、ゲージの価額というものはコストの積み上げで決まるというのが基本的なスタンスですから、

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