分類:手技と手業の世界観

砥石についてのあれこれ

よく使う砥石の種類

 焼き入れ鋼の研削が目的であるため、ノルトン社の「インデアン」ブランドの「オイル・ストン」がまず最初に挙げられます。
 ノルトン社は後に呉砥石社に買収されてクレノルトン社となったようですが、現在はどうなっているのでしょうか。
 購入時には砥石屋さんに「インデアンの砥石」と言うと間違いなく購入できます。現在はインドで生産されているという話を聞きました。
 この砥石の特徴は、硬度が非常に高いため、砥石面の「崩れ」が無いということにあります。砥石の「角」を使う場合に有利です。
 砥粒はアランダムですから、切れ味も良好です。

 仕上げ用にはいわゆる「白砥石」、ホワイト・アランダムの砥粒を用いた砥石を使用します。
 当方で使用する場合には角棒状にしたもので、長さ150㎜ないし200㎜です。元々がホーニング用砥石として生産されたものです。

 昔はもう少し硬度・粒度・形状について多様なものが購入しやすかったのですが、昨今では砥石で手仕上げするという用途が極めて縮減されてきたため、なかなか希望通りのものが入手できるという幸運に恵まれにくくなってきています。あるいは、1本購入すれば足りるのに10本分購入せざるを得ないこともあるわけです。お店の人も恐縮されるのですが、残りの9本を抱えていてもまず他に売れないことは確実ですから、そのため当方での購入単位が過大になってしまいます。
 このことは、砥石に限らずヤスリでも同じ状況です。
 ヤスリについては在庫を持って単品バラ売りをしてくれるところがまだあるだけマシですが、いつまでも続かないでしょう。

 日刊工業新聞等で話題になっている(?)日本砥石(合わせ砥)は使用したことはありません。
 寸法加工には全く不適当であるというのがその理由です。だったら最終段階の「磨き上げ」にどうかという点で注目されているわけですが、結論を言えば、可能な用途があるのかも知れませんが、少なくとも焼き入れ鋼の表面仕上げの目的には沿わないように思っています。理由は、後項で説明します。 

砥石の研磨のメカニズム

 砥石とは研磨砥粒を結合材で焼結したものです。

 従って、ワーク表面に対して、研磨砥粒が切り込んでいく、あるいは、むしり取っていく、というのが基本的な研磨メカニズムです。ワークと研磨砥粒との硬度差が大きいほど切り込み効果が大きいため、最終的にはダイヤモンドがもっとも効率的だということになります。ただ、「磨く」ということのためには、ワーク表面と砥石表面とが「ともずり」状態になるということをする必要があるため、「硬度が高ければ高いほど良い」とは言えません。従って、「削り込む」という工程と「磨き上げる」という工程では、研磨方法を分ける必要があります。

 ハサミゲージでは、寸法加工にはAもしくはWAの砥石を使い、最終的にはラッピング仕上げをする、という工程区分がなされています。

 それでは、なぜ砥石で最終段階まで至れないかが問題になりますが、これは単純明快なことで、結合材で固定された砥粒がワーク表面に対して「線刻」していくのが砥石研削の実態であり、砥粒を微細化していっても「線刻」というメカニズムは同じです。従って、どこまで行っても研磨痕は消去できないわけです。(砥石メーカーの話に拠れば、結合材との関係で#3,000の砥粒を使うのが限度だということで、それ以上に微細な砥石は生産できないそうです。)

 研磨砥粒を固定せず自由に浮遊させればこの「研磨痕」を消去できるのではないか、という発想が鏡面ラッピングの技術的根拠です。この場合、ワーク表面の凹凸は消去していくことはできますが、ワーク表面の平面度の確保が問題になってきます。ワークの周辺部が「だれる」のです。
 ここのあたりが現在の鏡面ラッピング技術の置かれた状況と言えます。

 (付論:日本砥石の研磨メカニズム)

 研削あるいは研磨と言えば、ワークに対して優越的な硬度を持つ研磨砥粒によってワーク表面を「破砕する」「毟り取る」「線刻する」というイメージがあり、あるいは「削り取る」という意味があるようです。常識的にはその通りで、私もこのように説明してきました。
 しかしながら、そう単純に理解して良いものではないことも事実です。
 古来より「雨水が岩を穿つ」という言葉もあるように、全く研磨能力もなさそうなものが研磨能力を発揮することは良くある事象です。例えば、普通のソーダ硝子の粉末をラップ材として用いると、焼き入れ鋼の表面に疵を入れることができます。金剛砂(あるいは硝子粉末)を吹き付けて鋼材表面を梨地に仕上げることは工業的になされています。
 これはどういうことかと言えば、硝子や金剛砂の粉末がそれぞれ非常に鋭利な角を有し、その角に力が集中されることによって相手方ワーク表面を傷つけることができる、ということなのです。しかしながら、ワーク表面の硬度が硝子や金剛砂の硬度よりも高ければ、硝子や金剛砂の角はすぐにヘタってしまいます。ところが、相手方ワークの表面と背後から加えられている力に挟まれて硝子や金剛砂の粒子が自己破砕すれば、自ずから新たな鋭利な角が生成され、ワーク表面に再び疵を付けていくことができます。金剛砂を用いて砥石を目立てするのはこのメカニズムを利用しているのですが、ラップ材の「自己破砕性」という点はもっと注目されてしかるべき問題だと思っています。

 つまり、ラップ材の「自己破砕性」が適切であれば、切れ味の安定性は持続しつつ、自己破砕を反復することで全体としての粒度は微細化してワーク表面をいっそう精緻に磨き上げていくわけです。

 日本砥石の切れ味を発揮せしめているのは「雲母」です。劈開性に富んでいるため、自己破砕性があります。水を使ってスクラッチを洗い流していけば、常に鋭利な砥石表面がワークに押し当てられ、効果的に研磨がなされます。

 ここからは推測になるのですが、日本砥石は、日本刀の刀身の柔らかい組織部分をまず研削していき、硬度の高いマルテンサイト組織はそれに遅れて研削していくように思え、従って、磨り上がりは、マルテンサイト組織が浮き彫りにされたような、一種のレリーフ状態になっているのではないかと思います。日本刀の切れ味の正体はこのようなことなのではないでしょうか。
 このことは、日本砥石の研磨メカニズムと、アランダムやホワイトアランダムを焼結させた砥石の研磨メカニズムとは全く別物であることを示唆しています。

砥石の「目立て」のメカニズム

 砥石を使用していけば、スクラッチが付着することで切れ味が悪くなっていきますから、当然目立てを行います。
 目立てとは、スクラッチを除去すると同時に、砥石の結合材を破砕・除去し、砥石砥粒を浮き立てることです。
 どういうことかというと、砥石砥粒の径の50%が結合材に埋まり込んだ状態であれば砥粒径の50%の深さでワーク表面を切り込むこととなり、砥石砥粒の径の90%が結合材に埋まり込んだ状態であれば砥粒径の10%の深さでワーク表面を切り込むこととなり、というようになります。つまり、砥石砥粒の粒度がそのままワーク研磨面に実現される表面粗さを示すわけではなく、目立ての方法によって大きな差異が生じることになります。
 砥石本来の砥粒粒度の性能を発揮させようとすればそれに相即した目立て材(金剛砂)の粒度を見極める必要があります。