分類:よくある質問

ステンレスの防錆

ステンレス鋼の発錆

 ここで説明するのはマルテンサイト系ステンレスであるSUS410/420J2です。
 この種類を取り上げるのは、これらを普段採用している種類であって経験を語りやすいという点と、SUS304等の種類については、問題の中心は「孔食」であり、広くさまざまな書籍等で解説されていることから、敢えて何かを語る必要も無いという点です。もっとも、SUS304等は工具材料としては不適切なものですから、私どもの観点からは無縁です。

 工具鋼としてステンレス鋼を採用する場合、その発錆防止の問題はゲージ用鋼材(YG4等)を採用した場合と同様です。
 すなわち、ゲージ測定部に発錆があった場合、ゲージの寸法精度に致命的な影響を与える、という問題から出発しますが、ステンレス鋼を採用する目的が「防錆油」に頼ることなく発錆の防止ができる点にあることから、発錆が防止できなければステンレス鋼を採用する意味がないわけです。

 ここで問題にする「錆」は最も一般的な「赤錆」です。

発錆の経験事例

 恥を晒すことになりますが、ステンレス鋼に関しては失敗の連続でした。

 「SUS410とSUS420J2の違いはCが含まれているかいないかの違いである」と考えて、Cが含まれていないか極く僅少であれば錆びないとも考え合わせて、SUS410で《窒化処理》をしたことがあります。
 「窒化処理を行う場合、基盤材質(この場合はSUS材)と窒化層の硬度差があまりにありすぎると窒化層が鱗状に剥落してしまう」という理由から、せいぜい20~30μmの深さで窒化することになりました。これでは硬質クロムメッキを施す方が無難かと考えたのですが、実験の意味合いもありました。
 ところで、結論としては、窒化処理したSUS410は錆びるのです。SUS410はそのままで仕事場に置いておいても錆びませんから、窒化によってわざわざ錆びやすいものにしてしまったことになります。おそらく、Crの化合状態が窒化によって変化し防錆性が損なわれたということなのでしょうが、詳しいことは分かりません。

 SUS410の窒化を考えたのは、工具として求められる表面硬度がそのままでは実現できないためですが、当初はSUS420J2の板材が入手困難であったためでした。
 SUS420J2の板材が用意できるようになって、表面硬度は焼き入れによってHRC56が確保でき、この点での問題は解決できたのですが、その分、C量が多いためSUS410よりずっと錆びやすいものであることは容易に想像できます。

 先ず、ハロゲンに触れるとSUS鋼は容易に発錆するという点について。
 洗浄に際して工業用洗剤を用いたのですが、それが塩素系洗剤であったため、見事に発錆させたことがあります。この場合、洗剤で洗浄後に水道水で洗い流した後で防錆油を塗布しても、あるいは、アルカリ液にくぐらせて中和しても、いろいろと手だてを尽くしても無効でありました。
 すなわち、いったん塩素に触れると直ちに化合して再び酸化クロム層が形成されなくなるということのようで、従って、この塩素との化合層を研削除去しない限りはステンレスではなくなるということのようです。

 次に、表面の凹凸が平滑であるほど発錆が防止されるという点について。
 表面の凹凸部分にゴミや水分が付着することによって発錆を誘発するということなのですが、#400の研磨布で磨いてもやや危うく、#600以上の研磨布で磨くと事態の改善が図れるようです。
 ゲージ測定面は元々遙かに微細なラッピングを行っているため、ゲージ測定面以外のゲージ表面に発錆が認められる場合でも、測定面そのものには発錆が認められないことがほとんどすべてでした。
 ただ、環境条件に左右されるものですからこれで完璧というものはなく、要するに「可能な限り平滑な面にする」ことに尽きます。

 最後に、熱処理をすると発錆性が改善される(?)という問題があります。
 全部焼き入れ(総焼き入れ)をしたリングゲージや栓ゲージは錆びにくいということなのですが、このことを指摘された文献でも原因・理由については論及されていません。
 類推になりますが、ステンレス鋼材に対する加工レベルを上げるに従って加工硬化を招きますが、加工硬化を起こしたステンレス鋼は完全焼き鈍し状態にあるものよりも錆びにくい、ということが言えるのだろうか、という疑問が生じます。この問題に答えたもの(文献)はありませんから、あまり差がないということなのかも知れません。
 いずれにせよ、この点は実験してみるに値するかどうかを検討してみたのですが、手間ばかり掛かりそうで断念しています。というより、「不働態化処理」をしてしまえばそれで決着と考えられそうでした。

不働態化処理

 不働態化処理とは、ステンレス鋼の表面に酸化クロム層を強制的に形成して発錆を防止するようにする処理のことをいいます。
 最も単純な方法としてどの文献にも取り上げられているのは30%硝酸液に浸漬けする方法です。
 この方法を先ず採用したのですが、①準備作業としてワークの脱脂洗浄を徹底しなければならないのですが、これが結構手間な作業です。②硝酸液中への浸漬け時間は2時間とされていますが、狭い作業場内で容器を設置しておくのは作業性が悪いものです。硝酸保存容器から浸漬け容器への移し替えも結構「怖い」作業です。コンクリート床に硝酸液がこぼれると発泡します。③酸化クロム層の形成は化学反応ですから、作業温度(硝酸液温度)が影響します。このコントロールは専用設備にしない限りははなはだ困難です。
 以上のような次第で、電気化学的な方法に変更しています。