分類:よもやま話

ハサミゲージの素材

 ハサミゲージの素材については、JIS B 7420 -1997 では、「SK4もしくはそれ以上」とされ、焼き入れ硬度は「HRc60(以上)」と規定されている。

 SK4というのはJIS鋼種名であるのだが、伝統的には、日立金属(株)が製造するYG4が採用されてきていた。なぜかと言えば、一般的な市販品で購入しやすいという点もあったが、主要には、「球状化焼き鈍し」が製鋼段階で徹底されていたため、工具鋼としての信頼性がいっそう高いものという評価があったからで、当然のことながら、焼き入れに際しても、余程のヘマをしない限りはHRc60は保証される材料なのであった。

 ところが、経過的に言えば、このYG4がYCS3(SK3)に鋼種統合されて製造中止となり、程なく、このYCS3(SK3)に加えてSGT(SKS3)といった工具鋼からの生産撤退が実行され、日立金属(株)から供給される工具鋼というのはSLD(SKD11)といったダイス鋼類に製造が集約されることに至っている(薄板材に限っての話で、丸材に関しては、SK3/SKS3は引き続き製造されているらしい)。

 もちろん、ゲージ屋段階でも素材のストックは有しているから、製鋼段階で製造中止となっても、直ちに材料に困るということにはならないのだが、しかしながら流通段階での在庫は既に払底しているから、いずれは、SK5製ゲージか・ダイス鋼製ゲージか、という時代に移行する。

 当方では、問屋さんのご厚意でSK3/SKS3に関しては向こう10年分程のストックを有していて、別段素材調達に不安をきたしているわけでは全く無く、3種の素材を採用してユーザーの求めに応じている。

 1.SK3/SKS3    一般JIS規格型ゲージ用
 2.SUS420J2    特定ユーザー用途向け特殊仕様品用
 3.SKD11       特定ユーザー向け

 なお、焼き入れ可能なステンレス鋼には、SUS420J2以外に、SUS440Cがある。
 SUS440Cは、検討当時では、4~6mm厚の板材が一般的にはないということ、薄板が必要な場合は「鍛造」で対応するという話であったため断念した経過がある。
 そうこうしているうちにSKD11製ゲージが製作できるようになったため、SUS440C製ゲージでないといけないという事情は意味を失った。

 SUS440Cは15%クロムであるのだが、クロム含有比率を高めた分だけカーボンの含有率を高めることが出来、結果として焼き入れ硬度を高くできるわけである。
 これに対して、SKD11は12%クロム鋼で、1.5%カーボンにプラスしてバナジウムを加えている。ステンレス鋼に比べて「錆びないか」と問われれば「錆びることがある」と答えないといけないのだが、そう簡単に錆びるわけはない。金型等で広く採用されている素材だから、どういう物性を持った素材であるかはよく知られているわけである。

 さて、ちょっと話は変わるのだが。

 最近の情況として、例えば、高速度鋼(ハイス)製のゲージはどうかという照会があったりする。
 ハイスの焼き入れ硬度としてHRc67があったりして、高硬度=高耐摩耗性という等式が念頭にある場合、いかにも採用すべき素材であるようにも思い込める。
 被検証物であるワーク材質が何かという点との相関でゲージ材質が考慮されるべきなのだが、あるいは、ワークの表面粗度との関係でゲージの摩耗の情況というのが決まる面があるので、その点の考慮がどうかという問題があるのだが、その相関に思慮を欠くとゲージが刃物になりかねないということがある。
 そういった基本的な条件ということは差し置いてハイス製ゲージを考える場合、焼き入れが非常に難しいわけである。最初に1200~1300℃に加熱しても十分な硬度は出ないわけで、その後に「焼き戻し」をして、その焼き戻しによってハイス鋼の本来発揮すべき焼き入れ硬度が出るわけだから、この焼き戻しの温度その他の条件をクリアできるか否かがポイントになる。
 この点で言えば、フレーム焼き入れによるゲージ測定部への局部焼き入れというのが困難で、焼き入れ装置による総焼き入れにならざるを得ない。
 焼き入れは何とかクリアしても、クリアできても、ハンドラップ仕上げはほとんど不可能だから、あまり精度条件の良好なゲージには仕立て上げられないだろうと想像はしている。
 ハイス製ゲージを製作できると言い切っているメーカーさんがあるわけだから、技術・技能条件を克服されていることなんだろうとは思う。

 超硬製のハサミゲージというのがよく宣伝されていて、当方でも検討したことはある。
 「出来ない」という結論に至った理由というのは、以下のようである。

1.仕上げ代だけを残して(つまり、ナマな母材でゲージ形状を製作し、ゲージ測定部分に超硬製チップを貼り付けたもの)当方に供給するというメーカーさんがあったのだが、理屈の上では母材はナマ材であっては意味がなく、総焼き入れ材でなければならないのだが、その場合の、ゲージ屋に必須な経年変化対策だとかその他諸々の配慮要因を当該メーカーが履践するかどうかが分からない。
 具体的に言えば、放電加工機による母材加工や、平面研削盤での平面研削で無理な負荷を掛けるようなことがあれば、品質保証が仕切れない。

2.仕上げはハンドラップになるが、ダイヤモンド砥粒での遊離砥粒/湿式では、ブロックゲージその他へのダメージが多きい。コストが大きなものとなる。

3.それだけの品質管理を行い、高コストな仕上げ方法を確立したとしても、超硬製ゲージを求めるユーザーというのは極めて限定されたものだから、言い換えれば、超硬製ゲージでなければ業務に差し支えるという特別・特種な用途であるはずだから、コストを見合うだけの需要はないだろうと想定できる。

 通例、私のようなところに超硬製ゲージの照会があるというのは、超硬製ゲージを日常常務として製作しているメーカーさんの見積価格に不満があって、もっと廉価に製作できるメーカーがあるだろうという見込みなり期待を込めて、メーカーを探しているという事情なのだろうが、既に手掛けているメーカーさんと比較すれば、当方のようなところではむしろいっそう高コストになるという結論にしかならないし、あるいは、異例な特注では対応できないという話にはなる。