分類:ハサミゲージ概説
ハサミゲージの物理問題
(磨損)
ハサミゲージというのは単純な構造になっていて、ワークの寸法許容範囲の最大値をゲージ通り部に、最小値をゲージ止まり部に設定して、ワーク径が通りを 通過して止まりで止まったなら合格(寸法許容差範囲内にある)品で、通り部に入らないようだとワーク径は過大であり、止まり部を通過するようだとワーク径 は過小であるということが簡単に判別される測定工具となっている。
この「ハサミゲージでワーク(軸径)を測定する」という場合、通り部を通過しない(ワーク径が過大である)という場合には文句なしにワークは規格逸脱品 という判断がなされるのだが、通り部を通過して止まり部で止まった場合、そのまま規格範囲内にある合格品という判断をして良いかという点は慎重でないとい けない。
実際上のゲージの使い方は、止まり部で止まったワークの軸径に沿ってゲージを半周させ、その間、軸のどの部分も止まり部を通過しないということが確認さ れないといけない。つまり、止まり部で止まる部分と通過する部分があるという場合、それは軸径が偏平に加工されているということを意味しており、ワークの 加工寸法精度としては良いとは言えないということが検証される。
つまり、ゲージの止まり部というものは、ワークの加工精度との絡みで、ワークの真円度を読み取る働きをするということを意味している。
この「ワークの軸径に沿ってゲージを半周させる」という動作が、ゲージ測定面の損耗の大きな原因の一つとなっている。
(発錆)
ハサミゲージの材質として「SK4もしくは相当以上」というJIS規格での規定により、 SK4(YG4)、SK3(YCS3)もしくはSKS3(SGT)が採用されてきた。このうち、SKS3は合金工具鋼に分類されているのが一般的であるの だが、いずれも炭素工具鋼に分類されると見なして良いだろう。
炭素工具鋼というのは、鉄鋼素材の発錆の原因・理由というものは、炭素が構成元素として含まれているから という点に求められ、例えば、ステンレス鋼にあってはとりわけ炭素を除却する製鋼方法が求められているように、炭素が含まれている限りは発錆は免れないと いう関係になっている。
発錆といっても段階がある話で、ラップ仕立てで特有の「艶」が認められる状態から、その「艶」が失われた 段階で、ゲージ測定部表面の酸化が始まっているのだが、この段階で既に鉄鋼素材特有の「粘り」というものが失われて、磨損しやすくなっている。赤錆が浮い てきている状態に至れば、そこは海綿状に体積が膨満しているから、ゲージ測定部の寸法そのものが定義され得ない状態に陥っている。従って、発錆をきたせ ば、そのゲージは廃棄されざるを得ないということに至る。
発錆を禁抑するためには、防錆油をこまめに塗布するという以外には無いわけであって、防錆のための表面処 理として「メッキをする」「黒染めをする」ということが試みられたりするのだが、肝腎なゲージ測定面状の防錆被膜は除却されて仕立て上げられるから、完全 な解決には程遠い。
ただ、ゲージ母材表面に刻字刻印がなされる場合、その刻字刻印の深さが浅い場合、例えば「腐蝕で刻字する」「レーザーで浅く表示する」といった場合、表面が発錆すると刻字刻印が読めなくなってしまうから、少なくともその対応策にはなっている。
当方でステンレス鋼(SUS420J2)製のゲージの供給を始めたのは、1997年からであったのだが、顧客先がISO9001’Sの認証登録に取り組まれた機会に従前のSK工具鋼製+クロムメッキから切り替えたのだった。
ゲージの発錆をどうこうといったレベルの話にとどまらず、「測定機器の管理」手順の問題に関わるし、社内校正の手順にも関わる問題で、その局面でゲージの発錆問題が解決されているということは非常にメリットが大きいという判断があったのである。
実際、ステンレス鋼製ゲージというと、「柔弱な素材ではないのか?」「寸法変位が大きいのではないか?」 「錆びないと言ってもやはり錆びるのではないか?」というのが世評での心配事だったようなのであるが、1997年以前に3年程掛けて「ご心配には及びませ ん」と言い切れるところにまで準備していたのだった。
なお、発錆問題は実は深刻な問題を含んでいて、錆(赤錆)の正体の酸化鉄は昔は研磨材として使われていた いわゆる「紅殻」である。それぞれの錆の酸化鉄粒子は非常に固いものであって、錆の問題を軽視していると、社内校正において使用するブロックゲージの測定 面を酷く損耗させる。この点でのブロックゲージの管理の手間とコストは半端無いことになるだろう。
(寸法変位)
ゲージの寸法変化原因にはいろいろあるのだが、最も説明に適した例として「置き狂い」を採り上げる。
「置き狂い」というのは、その名の通り、メーカーから納品されてきたゲージを一旦合格品と判定し、そのまま保管して数ヶ月後に再度寸法検定を行ったら、寸法が変位していて、そのままでは不合格品として何らか寸法修理を行わなければならなくなる事態を指称する。
その原因・理由にはいろいろと考えられるのだが、ここでは2点のみを採り上げることにする。
一つには、ゲージ測定部に焼き入れを行った場合(局部焼き入れ)に、「焼き戻し」をしないまま寸法仕立て を行った場合である。焼き入れというのは、SK鋼材の場合、おおよそ850℃二まで加熱して、常温にまで急速冷却するものなのだが、850℃にまで加熱さ れて熱膨張したものが一挙に常温にまで冷却されるわけだから、この膨張と収縮で応力変形をきたしているものなのである。また、焼き入れをしたままの素材の 結晶構造というものは荒れたもののままだから、「焼き戻し」によって変形をきたした内部応力を緩和し、素材の焼き入れ部分の結晶構造を本来あるべきものの 如くに整えなければならない。この「焼き戻し」がされていないと、数μm(3~5μm)の収縮が認められ、ゲージ先端の寸法が小さくなっていくような寸法 変化を生み出す。
この原因・理由について理解出来ないゲージ製作者がいるようで、このことは本人に何か問題があるというの ではなくて、分業(あるいは、アウトソース)に伴って、ゲージの仕上げ担当者はその前工程である焼き入れ技法について修得してこなかったという点が指摘で き、あるいは、焼き入れ硬度にのみ関心が向けられて「焼き入れ」と「焼き戻し」をセットで考えるという構えがないという点も指摘される。
昔はこういうことは経験的にも能く理解されていて、わざわざ「焼き戻し」をするというのでもなくて、焼き 入れ加熱したワークを焼き入れ油に浸漬けして常温に至る前にワークを引き上げて、焼き入れ油が白煙をくゆらせる状態、おおむね約200℃の状態から放置し て空気冷却させるようにすると、置き狂いがかなりな程度防止できるとされていた。あるいは、焼き戻しに伴い焼き入れ硬度の軟化を嫌って、100℃の湯に浸 漬けしておくだけでも焼き戻しの効果はあるとされていた。SK工具鋼の焼き戻し温度について150℃~200℃で行えというのが材料学の教科書での教えな のだが。
もう一つには、ゲージ製作時に寸法を取りすぎたからといってゲージの口幅を締めて調製する、あるいは、 ゲージ寸法の取り代が大き過ぎたからといってゲージの口幅を無理に拡げる・・・という場合。このような場合の「締める」「拡げる」は、その材質での「降伏 点」を超えるものではないから、その寸法値で安定化されているものではなくて、外部からの力が加えられた場合に、元に戻ろうとする復旧力というべきものが 作用する。締めたものなら拡がろうとするし、拡げたものなら閉じようとする。要するに応力問題であるのだが、このための安定化の技法というのはゲージ製作 技能の大きな柱の一つである。
このように、ゲージの寸法変位問題というのはその内部応力問題であるというのが実情で、ゲージ屋というのはその寸法変位要因のうち最も大きな影響を及ぼす要因から解決を図っていくのである。
ところが、昨今では、この寸法変位問題の解決のためにはサブゼロ処理が必須で、サブゼロ処理を指示すれば 寸法変位問題は生じないことになるという、ひどく楽観的な条件が指示されるケースが少なくない。残留オースティナイトのマルテンサイト化による体積膨張が 寸法変位の原因だから、予めマルテンサイト化を徹底しておけば、その後のマルテンサイト化に伴う体積膨張は無い、よって、寸法変位問題は解決された・・・ という楽観論なのである。
マルテンサイトという結晶構造は、SK工具鋼を焼き入れ処理すれば「剛体」になるというはずもないことで あるし、内部応力問題を解消することと結びつくはずもない。そんなこんなで、サブゼロ処理の問題はゲージの寸法変位問題と直接に結びつくわけではなくて、 サブゼロ処理の位相と射程は、ここで論議している寸法変位問題とは別な地平になる。
(磨損)
ハサミゲージというのは単純な構造になっていて、ワークの寸法許容範囲の最大値をゲージ通り部に、最小値をゲージ止まり部に設定して、ワーク径が通りを 通過して止まりで止まったなら合格(寸法許容差範囲内にある)品で、通り部に入らないようだとワーク径は過大であり、止まり部を通過するようだとワーク径 は過小であるということが簡単に判別される測定工具となっている。
この「ハサミゲージでワーク(軸径)を測定する」という場合、通り部を通過しない(ワーク径が過大である)という場合には文句なしにワークは規格逸脱品 という判断がなされるのだが、通り部を通過して止まり部で止まった場合、そのまま規格範囲内にある合格品という判断をして良いかという点は慎重でないとい けない。
実際上のゲージの使い方は、止まり部で止まったワークの軸径に沿ってゲージを半周させ、その間、軸のどの部分も止まり部を通過しないということが確認さ れないといけない。つまり、止まり部で止まる部分と通過する部分があるという場合、それは軸径が偏平に加工されているということを意味しており、ワークの 加工寸法精度としては良いとは言えないということが検証される。
つまり、ゲージの止まり部というものは、ワークの加工精度との絡みで、ワークの真円度を読み取る働きをするということを意味している。
この「ワークの軸径に沿ってゲージを半周させる」という動作が、ゲージ測定面の損耗の大きな原因の一つとなっている。
(発錆)
ハサミゲージの材質として「SK4もしくは相当以上」というJIS規格での規定により、 SK4(YG4)、SK3(YCS3)もしくはSKS3(SGT)が採用されてきた。このうち、SKS3は合金工具鋼に分類されているのが一般的であるの だが、いずれも炭素工具鋼に分類されると見なして良いだろう。
炭素工具鋼というのは、鉄鋼素材の発錆の原因・理由というものは、炭素が構成元素として含まれているから という点に求められ、例えば、ステンレス鋼にあってはとりわけ炭素を除却する製鋼方法が求められているように、炭素が含まれている限りは発錆は免れないと いう関係になっている。
発錆といっても段階がある話で、ラップ仕立てで特有の「艶」が認められる状態から、その「艶」が失われた 段階で、ゲージ測定部表面の酸化が始まっているのだが、この段階で既に鉄鋼素材特有の「粘り」というものが失われて、磨損しやすくなっている。赤錆が浮い てきている状態に至れば、そこは海綿状に体積が膨満しているから、ゲージ測定部の寸法そのものが定義され得ない状態に陥っている。従って、発錆をきたせ ば、そのゲージは廃棄されざるを得ないということに至る。
発錆を禁抑するためには、防錆油をこまめに塗布するという以外には無いわけであって、防錆のための表面処 理として「メッキをする」「黒染めをする」ということが試みられたりするのだが、肝腎なゲージ測定面状の防錆被膜は除却されて仕立て上げられるから、完全 な解決には程遠い。
ただ、ゲージ母材表面に刻字刻印がなされる場合、その刻字刻印の深さが浅い場合、例えば「腐蝕で刻字する」「レーザーで浅く表示する」といった場合、表面が発錆すると刻字刻印が読めなくなってしまうから、少なくともその対応策にはなっている。
当方でステンレス鋼(SUS420J2)製のゲージの供給を始めたのは、1997年からであったのだが、顧客先がISO9001’Sの認証登録に取り組まれた機会に従前のSK工具鋼製+クロムメッキから切り替えたのだった。
ゲージの発錆をどうこうといったレベルの話にとどまらず、「測定機器の管理」手順の問題に関わるし、社内校正の手順にも関わる問題で、その局面でゲージの発錆問題が解決されているということは非常にメリットが大きいという判断があったのである。
実際、ステンレス鋼製ゲージというと、「柔弱な素材ではないのか?」「寸法変位が大きいのではないか?」 「錆びないと言ってもやはり錆びるのではないか?」というのが世評での心配事だったようなのであるが、1997年以前に3年程掛けて「ご心配には及びませ ん」と言い切れるところにまで準備していたのだった。
なお、発錆問題は実は深刻な問題を含んでいて、錆(赤錆)の正体の酸化鉄は昔は研磨材として使われていた いわゆる「紅殻」である。それぞれの錆の酸化鉄粒子は非常に固いものであって、錆の問題を軽視していると、社内校正において使用するブロックゲージの測定 面を酷く損耗させる。この点でのブロックゲージの管理の手間とコストは半端無いことになるだろう。
(寸法変位)
ゲージの寸法変化原因にはいろいろあるのだが、最も説明に適した例として「置き狂い」を採り上げる。
「置き狂い」というのは、その名の通り、メーカーから納品されてきたゲージを一旦合格品と判定し、そのまま保管して数ヶ月後に再度寸法検定を行ったら、寸法が変位していて、そのままでは不合格品として何らか寸法修理を行わなければならなくなる事態を指称する。
その原因・理由にはいろいろと考えられるのだが、ここでは2点のみを採り上げることにする。
一つには、ゲージ測定部に焼き入れを行った場合(局部焼き入れ)に、「焼き戻し」をしないまま寸法仕立て を行った場合である。焼き入れというのは、SK鋼材の場合、おおよそ850℃二まで加熱して、常温にまで急速冷却するものなのだが、850℃にまで加熱さ れて熱膨張したものが一挙に常温にまで冷却されるわけだから、この膨張と収縮で応力変形をきたしているものなのである。また、焼き入れをしたままの素材の 結晶構造というものは荒れたもののままだから、「焼き戻し」によって変形をきたした内部応力を緩和し、素材の焼き入れ部分の結晶構造を本来あるべきものの 如くに整えなければならない。この「焼き戻し」がされていないと、数μm(3~5μm)の収縮が認められ、ゲージ先端の寸法が小さくなっていくような寸法 変化を生み出す。
この原因・理由について理解出来ないゲージ製作者がいるようで、このことは本人に何か問題があるというの ではなくて、分業(あるいは、アウトソース)に伴って、ゲージの仕上げ担当者はその前工程である焼き入れ技法について修得してこなかったという点が指摘で き、あるいは、焼き入れ硬度にのみ関心が向けられて「焼き入れ」と「焼き戻し」をセットで考えるという構えがないという点も指摘される。
昔はこういうことは経験的にも能く理解されていて、わざわざ「焼き戻し」をするというのでもなくて、焼き 入れ加熱したワークを焼き入れ油に浸漬けして常温に至る前にワークを引き上げて、焼き入れ油が白煙をくゆらせる状態、おおむね約200℃の状態から放置し て空気冷却させるようにすると、置き狂いがかなりな程度防止できるとされていた。あるいは、焼き戻しに伴い焼き入れ硬度の軟化を嫌って、100℃の湯に浸 漬けしておくだけでも焼き戻しの効果はあるとされていた。SK工具鋼の焼き戻し温度について150℃~200℃で行えというのが材料学の教科書での教えな のだが。
もう一つには、ゲージ製作時に寸法を取りすぎたからといってゲージの口幅を締めて調製する、あるいは、 ゲージ寸法の取り代が大き過ぎたからといってゲージの口幅を無理に拡げる・・・という場合。このような場合の「締める」「拡げる」は、その材質での「降伏 点」を超えるものではないから、その寸法値で安定化されているものではなくて、外部からの力が加えられた場合に、元に戻ろうとする復旧力というべきものが 作用する。締めたものなら拡がろうとするし、拡げたものなら閉じようとする。要するに応力問題であるのだが、このための安定化の技法というのはゲージ製作 技能の大きな柱の一つである。
このように、ゲージの寸法変位問題というのはその内部応力問題であるというのが実情で、ゲージ屋というのはその寸法変位要因のうち最も大きな影響を及ぼす要因から解決を図っていくのである。
ところが、昨今では、この寸法変位問題の解決のためにはサブゼロ処理が必須で、サブゼロ処理を指示すれば 寸法変位問題は生じないことになるという、ひどく楽観的な条件が指示されるケースが少なくない。残留オースティナイトのマルテンサイト化による体積膨張が 寸法変位の原因だから、予めマルテンサイト化を徹底しておけば、その後のマルテンサイト化に伴う体積膨張は無い、よって、寸法変位問題は解決された・・・ という楽観論なのである。
マルテンサイトという結晶構造は、SK工具鋼を焼き入れ処理すれば「剛体」になるというはずもないことで あるし、内部応力問題を解消することと結びつくはずもない。そんなこんなで、サブゼロ処理の問題はゲージの寸法変位問題と直接に結びつくわけではなくて、 サブゼロ処理の位相と射程は、ここで論議している寸法変位問題とは別な地平になる。