分類:手技と手業の世界観
ブロックゲージをつくる
(口上)
ここで製作するのは、いわゆる「端度器」です。量産品ではなく単品です。
量産品を製造する技術と単品を製作する技術とは全く別物です。
本格的なブロックゲージを製作しようとすれば、それ用の材料・加工機・測定器を用意しなければならず、とても個人で手に負えるものではありません
一般的に入手できる材料を用い、一般的にある加工手段によって、実用的に差し支えない精度条件を実現しようとするものです。
ブロックゲージの製作工程は一般的に公開されていませんが、これ以上はない最高水準の加工技術の粋であることは間違いなく、それにチャレンジしようとすることも無駄な徒労に終始するものではないでしょう。
工作機械の実現精度がサブ・ミクロンの世界に至ろうとしている時代に、あえて、手業(てわざ)引っ提げての挑戦です。
●準備:測定器の準備
ここで準備する測定器は比較測長器です。
変位測定器は±0.03㎜程度の範囲内で分解能0.0005㎜のものを準備します。アナログでしたら0.0002㎜程度の変位の判別は十分可能です。デジタル測微器だと最小分解能0.0002㎜のものがあります(ex.HEIDENHAIN社)。
変位測定器の基準が任意の所で0セットできるものであればともかく、そうでなければ、測定台自体に微動送り装置が組み込まれていないと使いにくいものとなります。
0級ブロックゲージを寸法基準器とし、それとの比較測長によって、ワークの寸法精度を検定していきます。
本来ならばK級ブロックゲージを基準器とするのが望ましいことは言うまでもありませんが、0.1μmオーダーの仕事に対しては0級で不都合はありません。
●材料選択
ブロックゲージそれ自体の材質は広義でのクロム鋼だと思えますが、特注材料で一般には入手不可能だと思います。
ここでは一般的なゲージ用炭素工具鋼を採用します(YG4もしくはSGT)。
後ほどまた検討しますが、鋼材は製鋼所から出荷する段階がもっとも品質が良く安定しており、機械加工し焼き入れするに従って諸内部応力を抱え込むことになります。従って、焼き入れ硬化処理をせずにすむよう、クロム鋼を採用して機械加工し研磨シロを残して完全な焼鈍処理をした後で窒化すれば、諸内部応力の問題は軽減されます。そのように推奨(?)している教科書もありますが、焼き入れ硬化を考えないと実用的なものにはならないと思います。
ここでは幅広く論点を拾い上げるために炭素工具鋼を採用します。
ゲージ用材料に関しては、製鋼後、仕上げまでのいずれかの段階で「シーズニング」が施されていると聞かされたことがあります。戦前期において、津上製作所製のブロックゲージとそこ以外の他のブロックゲージメーカーの製品との経年変化の点における顕著な差は、この工程を踏まえるか否かの差であるというわけなのですが、本当だったでしょうか?
●機械加工
コンターマシンで材料を切り出し・フライス盤で成型し・研磨盤で研削する、という方法と、ワイヤーカット機で切り出すという方法など、利用できる方法で焼き入れ前加工をします。
機械加工に伴う内部応力は、焼き入れに際して一旦キャンセルされると考えられます。
●焼き入れ処理
全体焼き入れをする場合は、現在では電気炉での焼き入れが普通ですが、木炭を使っての焼き入れも良いものです。一種の浸炭焼き入れになるためか、あるいは、過熱が回避されるためか、仕上がりが良好です。もっとも、現在において木炭での焼き入れはコスト的にも手間的にも「考え落ち」になってしまいますが。
付随的な処理として「サブゼロ処理」と「焼き戻し処理」が指摘されています。
炭素工具鋼の場合「サブゼロ処理は無意味だ」とする熱処理業者もあり、サブゼロ処理をした場合としなかった場合の差異がどのようであるかは検証しなければならない問題です。他方、「焼き戻し処理」は必須不可欠です。
●仕上げ準備
焼き入れ後の焼き入れに伴う酸化層(黒皮層)や脱炭層の除却に機械力は使えません。
まず、測定面以外の外周部分は手作業で、あるいは、せいぜいペーパー・グラインダーを用いて表面研磨をします。
望ましいのは、酸化層(黒皮層)や脱炭層が生じにくい熱処理(真空焼き入れ)をする、酸化層(黒皮層)や脱炭層を酸処理によって溶解除却するというような方法で、焼き入れ工程それ以後に人間の手の力以上の外力が加わらないようにすることです。
なお、ある表面処理業者の話によれば、酸処理による寸法変化(酸化層・脱炭層の除却によっって当然生じる寸法変位にとどまらず、ゲージそのものの形状変化等がもたらされる)は予想外に大きい場合があるというのですが、焼き入れ処理から表面処理までの間に焼き入れ応力が解放されてきた結果という見方も成立しますから、直ちに酸処理が予想外の寸法変位・形状変化の主要な原因となり得るとはみなしがたいものが存します。
また、表面研削盤がなぜ使えないのか、通常、ブロックゲージと原理は同じないわゆる《キー溝幅ゲージ》を製作する場合、最終の仕上げシロを残して表面研削盤で寸法を追い込んで行くではないか、と問われそうです。答えは一つ。目的とする精度レベルが違うのです。
測定面に対する寸法加工の準備として、仕上げ代分を残すまで研削盤を用いて研削することが便宜ですが、いろいろな問題が生起します(従って、機械力を使わない手仕上げの方法の方が推奨されます)。
ブロックゲージの場合、保証されるべき条件として経年的な寸法変位が生じないように製作する、という点が肝要なのですが、そのためには、全体としてひずみや歪みを生じてはならないという条件が演繹されます。表面研削盤での加工状態は、回転砥石がワークの表面を「削る」というより「砕く」「毟る」という比喩が妥当なようで、ストレスを過大に与えます。送りを微少なものにして、あるいは、冷却に努めてストレスを軽減している、ということは当然としても、それでも火花が出るということはそれだけの熱ストレスを与えていることであり、研削されていくということはそれだけの外部応力を賦課していっているということを意味します。カーボン鋼のナマ材を表面研磨した時、下手な研磨をすればワークの表面は熱硬化します。妙な光沢を生じるので「表面改質された」と評価する向きもあるのですが、間違いです。
このストレスの緩和策として、研削後はこまめに「焼き戻し処理」をするべきだということを指摘されてもいますが、要するにこの種のストレスは最初から与えないに越したことはないのです。
研削盤で加工した場合、砥石が当たった方向(テーブルの送り方向)に収縮するような歪みが生じます。
理由として説明されていることは、「研削に伴う発熱でワークが膨張し、その部分について過大に研削される、常温に復帰後にその部分が寸法凹みとして現出する」ということで、その量は2μm位が認められています。そのため、研削に伴う発熱を防止すればよいことが結論され、例えば、砥石の切り込み量を微小なものとする、あるいは、全体の冷却効率を確保する、という工夫がなされます。しかしながら、これは「程度問題」であって、完全な解決とならないようです。ということは、研削熱の問題だけが原因となっているのではなく、ワーク自体に「歪み」を生じる何らかの原因を内包していると考えるべきでしょう。その現象を「収縮歪み」と指称しています。
両面を同じように研削すれば収縮歪みは平衡して狂わなくなるのではないかと考えたいところですが、そうはなりません。その歪みは加工後すぐに現出してきていずれは落ち着くようになるのではないかと考えたいところですが、また、外部応力の賦課に伴う変形歪みはすぐに平衡するとする研究書もありますが、いつ頃どのように現出してきていつ落ち着くかは前以て予断できません。これは、内部応力の偏在分布状況というようなワーク自体の物理状態だけでなく、例えば、外界環境の温度変化に伴う収縮伸長の内部応力の偏在分布に与える影響因子をどのように把握し評定するかというように、様々な要因が関係してくるということを示しています。
なお、ここで実際上の諸現象について説明しましょう。
キー溝幅ゲージを製作する場合、まず基準となる側の面を仕上げて、それから他方の面について寸法仕上げを行います。具体的には、平面研磨機を利用して目標寸法値に対して5~10μm大きな寸法まで研削し、その研磨目を除却するようにして寸法仕上げをすると身体的負担がそれほど大きくならずに済みます。
この場合、寸法を追い込む側の面について平面研削するわけですから、中凹となっている可能性はよく認識されることと思いますが、他方の基準面はどうなっているでしょうか。加工面が中凹となるわけですから、他面はあるいはその変形に影響されて中凸に歪んでいる(つまり、「反り」を生じている)と考えたいところですが、実際には中凹になっています。そのため、平面研磨機での寸法加工によって仕上げ代の残し方が過小であれば、仕上げ後には目標寸法を割り込んでしまいます。
このことは、例えば基準寸法が5mm以下のものに限らず、例えば15mm(幅10mm)のものでもこの現象が生じます。つまり、基準寸法(及び測定面幅)の如何に関わらず生じる現象である故に、単に平面研削盤の砥石の切り込み圧力といった外部的要因のみが主たる原因というわけではないことを示唆しているものです。
以上のことを特に論及するのは、平面研磨機の砥石送りをナノ・レベルに微小化していくことによって超平面の形成が可能となるとかの議論がなされているからなのですが、単純化した言い方をすれば、どういう経過を辿ろうともワーク自体は「反る」か「だれる」かしてしまい、なかなか「中庸」の道は厳しいということなのです(片面だけなら平面形成は十分に可能で、現に加工システムは確立しています。ブロックゲージの量産工程においては両面同時研磨が採用されているようですが、それで一応の解決を見ているわけですが、ここで論じているような単品モノのような場合には採用できないことです。)。
従って、機械加工後には必ず基準面を検証して仕上げ直す必要があります。
ここら辺りの問題回避は、経験に拠ります。
●仕上げ(ラッピング)
一般的にラッピング作業といえば、ワーク表面の凹凸を平準化・平滑化する工程をいいます。この意味においては、電解研磨や化学研磨、超音波を利用した研磨等、必ずしも手作業である必要のない方法も開発されてきています。
ゲージの場合は、単にワーク表面の凹凸を平準化・平滑化するだけにとどまらず、平面を形成するということと、寸法精度を実現していくという特有の目的に統制された作業になります。
まず、平面を形成するという点ですが、「ラッピング工具の平面をワークに移していく作業」と定義されているように、ラッピング工具の平面を基準にワークの凸部分を繊細に削り込んでいく作業とされています。
この定義が立脚している具体的な作業工程のありようは、分かりやすい例を取り上げれば、良好な平面が実現されているラッピング定盤上に研削砥粒を均一に配分し、ラッピングすべきワークの面を定盤上で摺動させることのようです。確かにこの種の作業は一般的・日常的に行われているものではありますが、だからこそ確言できることは、最終的な平面の実現はほぼ不可能に近い、ということです(完全に否定できないのは、やりきってしまえることもないとは言えないからですが)。作業者の練度が低ければ摺動方向に対して凹面に・摺動方向に直角の方向に凸面にそれぞれなっていき、同時に、ワークの外辺部が過剰に研削されて丸くなる、という結果になります。作業姿勢が悪いから、ワークを保持する手の動きが安定しないから、ワークの摺動速度が一定しないから・・といった原因が指摘され、同時に、それらの点にこそ熟練の課題があるように示唆されるのですが、それは違うだろうと思っています。
論理的に詰めていけば、この方法が合理的であるとして、ラッピング作業を進めていけば定盤の理想的な平面がワークに移されていく結果、そこに現出するのは定盤とワーク間のリンギングによる密着です(リンギングに至る以前に油層による密着が生じますが)。つまり、一定以上にはラッピングができないわけです。良く平面が保たれた定盤上にブロックゲージを置いて見ればこのことは多言を要しません。
するとどう定義されるのが正しいかといえば、「ラッピング工具を用いてワーク上に平面を形成・実現していく作業」ということになりますが、これでは何も定義できていないことと同然です。しかし、これ以外に定義しようもないことも事実なのです。
現在はどうかはわかりませんが、「通常ラッピングすると中高になりがちだが、ヨハンソンのブロックゲージは中高どころかむしろ中低の、中央が抉れているような仕上げがされている(だからリンギングが強固だ)」という《風評》を耳にしたことがあります。ちょっとあり得ないことだと思っていましたが、理論的には充分に成立可能ですから、それを実現できるゲージ職人がその時代(戦後以前です)には存在していたのかも知れません。ラッピング技術の究極を示すものです。
ラッピング作業のもう一つの目的、すなわち、必要な寸法精度条件を実現していくという点については、ワークの任意の部分を任意の方向角で研削していけるハンド・ラッピングの技法が必須です。
このハンドラッピングの技法のルーツがよくわかりません。関西ではいわゆる『陸軍式』と指称されたゲージ仕上げ技法なのですが、大阪陸軍造兵廠を中心に集中的に教育訓練され(中心におられたのが武用某氏だといわれています)、戦後の関西ゲージ業界のベースとなった訳なのですが、大阪陸軍造兵廠の内実をまとめた書籍も少なく、よくわからない部分です。いつの時点でか、軍部が当時世界最高水準の諸測定機器を欧米諸国から大量に買い付けていった時にゲージ製作技術も移入させたのだろうとは思います(大阪陸軍造兵廠に設置された諸測定器類はドイツから潜水艦で運ばれてきたという、いささか戦争活劇風のエピソードが語られてもいますが、時代が符合しません)。
閑話休題。
最終仕上げとして《鏡面》ラップの問題があります。
鏡面という意味は、肉眼では研磨痕が判別できないほどに微細な表面平滑度が実現されているということと、ある像を映した場合に歪みが認知できないほどの表面平面度が実現されているという、2つの意味を含んでいます。この2つが同時的にハンド・ラッピングによって実現されていくのですが、『最後の一撫で』の問題があります。製作時の微細なキズや測定時に測定端子が接触した痕をきれいに消去する一撫でが何を用いてどのようになされているか、が外部からは窺い知れない技術なのです。ワーク表面とラッピング工具との間で研磨砥粒(あるいは、磨き砥粒)を浮遊させるということが先ず考えられますが、下手をすると平面精度を劣化させてしまいかねないリスクが存しています。柔らかな素材をラッピング工具として最終ラップするとすればその材質は何かです。木質材料を使うことが一般的に言われていますが、どうしても良質な鏡面が形成しがたく、『最後の一撫で』には不向きです。いろいろ努力してみる価値はあります。その努力の結果はゲージ面に如実に表現されています。
●寸法測定
ハンドラップによる仕上げ代として、5~10μmを見込みますが、前提として、基準側の面の完全な平面仕上げが完了していることが必要です。オプチカルフラットを当ててみて光筋が現れない状態が必要だと言えます(これで、0.1μm以下の平面度が実現できていることになります)。
寸法測定には0.2μmの分解能があれば一応は目的を達成できると思います。
論理的には0.1μmの分解能が保証されるためには0.01μmの分解能力が確保されていなければならないということになるのですが、この場合に至るとかなり本格的な恒温室が必須となります。0.01μmの分解能力を発揮する測定器も一般市販されている時代ですが、その能力に見合った測定実務は非常に難しいものです。
0級ブロックゲージとの比較測長をする場合、コンパレータ台の平面度が問題になります。
台が中低となっていると比較測長の意味は全くありません。メーカーの説明ではわずかに(2μm程の)中高となっているとしていますが、使用していれば摩耗していきますから、大きめのオプチカルフラットで検証する必要があります。
●問題点あれこれ
以上に記述してきたことをまとめましょう。
製作可能な測定面の大きさはハンドラップが可能な大きさと等しいことは当然ですが、寸法値もハンドラップが可能な寸法値(概ね3mm以上)となります。
ただ、「ブロックゲージ」というと私どものイメージでは寸法値50mm以下のものについて±0.2~0.5μm程度の製作公差のものを考えてしまいますが、±2μm程度を指定されるとそれは「高さゲージ」もしくは「厚みゲ-ジ」という観念が先立ち、通常のキー溝幅ゲージ等と同様の製作方法で事足りることになります。キー溝幅ゲージの場合は製作公差最大値に合わせますが、「ブロックゲージ」とされる場合は指示寸法値ジャストに合わせて作るという違いはありますが製作技術上は全く同一条件です。キー溝幅ゲージでもラフに製作しているわけではなく、公差最大値に対して測定面全域につき0.5μm読みのハイケータⅡ(ミツトヨ)で全く指針が振れない精度(アナログ測定器とはいえ±0.2μm以下の表面凹凸や面捩れ・面うねりを感知し表現しているかどうかは分かりません)で製作していますから、「ブロックゲージ」だからといって特に特別な技術が付加されるわけではありません。
ハンドラップができない大きさのものについては定盤ラップの方法に拠ります。
肝要な点は、寸法精度の有り様について製作方法が決まり(寸法精度だけのことを言えば、それが±5μmで良いなら平面研削盤で仕上げてしまえます)、寸法精度の有り様について表面粗さの程度と面精度の条件が決まります。ただ、ユーザーサイドからの期待としては、寸法精度条件にかかわらず測定面仕上げはほぼ鏡面に近いものを求められるでしょうが。
(口上)
ここで製作するのは、いわゆる「端度器」です。量産品ではなく単品です。
量産品を製造する技術と単品を製作する技術とは全く別物です。
本格的なブロックゲージを製作しようとすれば、それ用の材料・加工機・測定器を用意しなければならず、とても個人で手に負えるものではありません
一般的に入手できる材料を用い、一般的にある加工手段によって、実用的に差し支えない精度条件を実現しようとするものです。
ブロックゲージの製作工程は一般的に公開されていませんが、これ以上はない最高水準の加工技術の粋であることは間違いなく、それにチャレンジしようとすることも無駄な徒労に終始するものではないでしょう。
工作機械の実現精度がサブ・ミクロンの世界に至ろうとしている時代に、あえて、手業(てわざ)引っ提げての挑戦です。
●準備:測定器の準備
ここで準備する測定器は比較測長器です。
変位測定器は±0.03㎜程度の範囲内で分解能0.0005㎜のものを準備します。アナログでしたら0.0002㎜程度の変位の判別は十分可能です。デジタル測微器だと最小分解能0.0002㎜のものがあります(ex.HEIDENHAIN社)。
変位測定器の基準が任意の所で0セットできるものであればともかく、そうでなければ、測定台自体に微動送り装置が組み込まれていないと使いにくいものとなります。
0級ブロックゲージを寸法基準器とし、それとの比較測長によって、ワークの寸法精度を検定していきます。
本来ならばK級ブロックゲージを基準器とするのが望ましいことは言うまでもありませんが、0.1μmオーダーの仕事に対しては0級で不都合はありません。
●材料選択
ブロックゲージそれ自体の材質は広義でのクロム鋼だと思えますが、特注材料で一般には入手不可能だと思います。
ここでは一般的なゲージ用炭素工具鋼を採用します(YG4もしくはSGT)。
後ほどまた検討しますが、鋼材は製鋼所から出荷する段階がもっとも品質が良く安定しており、機械加工し焼き入れするに従って諸内部応力を抱え込むことになります。従って、焼き入れ硬化処理をせずにすむよう、クロム鋼を採用して機械加工し研磨シロを残して完全な焼鈍処理をした後で窒化すれば、諸内部応力の問題は軽減されます。そのように推奨(?)している教科書もありますが、焼き入れ硬化を考えないと実用的なものにはならないと思います。
ここでは幅広く論点を拾い上げるために炭素工具鋼を採用します。
ゲージ用材料に関しては、製鋼後、仕上げまでのいずれかの段階で「シーズニング」が施されていると聞かされたことがあります。戦前期において、津上製作所製のブロックゲージとそこ以外の他のブロックゲージメーカーの製品との経年変化の点における顕著な差は、この工程を踏まえるか否かの差であるというわけなのですが、本当だったでしょうか?
●機械加工
コンターマシンで材料を切り出し・フライス盤で成型し・研磨盤で研削する、という方法と、ワイヤーカット機で切り出すという方法など、利用できる方法で焼き入れ前加工をします。
機械加工に伴う内部応力は、焼き入れに際して一旦キャンセルされると考えられます。
●焼き入れ処理
全体焼き入れをする場合は、現在では電気炉での焼き入れが普通ですが、木炭を使っての焼き入れも良いものです。一種の浸炭焼き入れになるためか、あるいは、過熱が回避されるためか、仕上がりが良好です。もっとも、現在において木炭での焼き入れはコスト的にも手間的にも「考え落ち」になってしまいますが。
付随的な処理として「サブゼロ処理」と「焼き戻し処理」が指摘されています。
炭素工具鋼の場合「サブゼロ処理は無意味だ」とする熱処理業者もあり、サブゼロ処理をした場合としなかった場合の差異がどのようであるかは検証しなければならない問題です。他方、「焼き戻し処理」は必須不可欠です。
●仕上げ準備
焼き入れ後の焼き入れに伴う酸化層(黒皮層)や脱炭層の除却に機械力は使えません。
まず、測定面以外の外周部分は手作業で、あるいは、せいぜいペーパー・グラインダーを用いて表面研磨をします。
望ましいのは、酸化層(黒皮層)や脱炭層が生じにくい熱処理(真空焼き入れ)をする、酸化層(黒皮層)や脱炭層を酸処理によって溶解除却するというような方法で、焼き入れ工程それ以後に人間の手の力以上の外力が加わらないようにすることです。
なお、ある表面処理業者の話によれば、酸処理による寸法変化(酸化層・脱炭層の除却によっって当然生じる寸法変位にとどまらず、ゲージそのものの形状変化等がもたらされる)は予想外に大きい場合があるというのですが、焼き入れ処理から表面処理までの間に焼き入れ応力が解放されてきた結果という見方も成立しますから、直ちに酸処理が予想外の寸法変位・形状変化の主要な原因となり得るとはみなしがたいものが存します。
また、表面研削盤がなぜ使えないのか、通常、ブロックゲージと原理は同じないわゆる《キー溝幅ゲージ》を製作する場合、最終の仕上げシロを残して表面研削盤で寸法を追い込んで行くではないか、と問われそうです。答えは一つ。目的とする精度レベルが違うのです。
測定面に対する寸法加工の準備として、仕上げ代分を残すまで研削盤を用いて研削することが便宜ですが、いろいろな問題が生起します(従って、機械力を使わない手仕上げの方法の方が推奨されます)。
ブロックゲージの場合、保証されるべき条件として経年的な寸法変位が生じないように製作する、という点が肝要なのですが、そのためには、全体としてひずみや歪みを生じてはならないという条件が演繹されます。表面研削盤での加工状態は、回転砥石がワークの表面を「削る」というより「砕く」「毟る」という比喩が妥当なようで、ストレスを過大に与えます。送りを微少なものにして、あるいは、冷却に努めてストレスを軽減している、ということは当然としても、それでも火花が出るということはそれだけの熱ストレスを与えていることであり、研削されていくということはそれだけの外部応力を賦課していっているということを意味します。カーボン鋼のナマ材を表面研磨した時、下手な研磨をすればワークの表面は熱硬化します。妙な光沢を生じるので「表面改質された」と評価する向きもあるのですが、間違いです。
このストレスの緩和策として、研削後はこまめに「焼き戻し処理」をするべきだということを指摘されてもいますが、要するにこの種のストレスは最初から与えないに越したことはないのです。
研削盤で加工した場合、砥石が当たった方向(テーブルの送り方向)に収縮するような歪みが生じます。
理由として説明されていることは、「研削に伴う発熱でワークが膨張し、その部分について過大に研削される、常温に復帰後にその部分が寸法凹みとして現出する」ということで、その量は2μm位が認められています。そのため、研削に伴う発熱を防止すればよいことが結論され、例えば、砥石の切り込み量を微小なものとする、あるいは、全体の冷却効率を確保する、という工夫がなされます。しかしながら、これは「程度問題」であって、完全な解決とならないようです。ということは、研削熱の問題だけが原因となっているのではなく、ワーク自体に「歪み」を生じる何らかの原因を内包していると考えるべきでしょう。その現象を「収縮歪み」と指称しています。
両面を同じように研削すれば収縮歪みは平衡して狂わなくなるのではないかと考えたいところですが、そうはなりません。その歪みは加工後すぐに現出してきていずれは落ち着くようになるのではないかと考えたいところですが、また、外部応力の賦課に伴う変形歪みはすぐに平衡するとする研究書もありますが、いつ頃どのように現出してきていつ落ち着くかは前以て予断できません。これは、内部応力の偏在分布状況というようなワーク自体の物理状態だけでなく、例えば、外界環境の温度変化に伴う収縮伸長の内部応力の偏在分布に与える影響因子をどのように把握し評定するかというように、様々な要因が関係してくるということを示しています。
なお、ここで実際上の諸現象について説明しましょう。
キー溝幅ゲージを製作する場合、まず基準となる側の面を仕上げて、それから他方の面について寸法仕上げを行います。具体的には、平面研磨機を利用して目標寸法値に対して5~10μm大きな寸法まで研削し、その研磨目を除却するようにして寸法仕上げをすると身体的負担がそれほど大きくならずに済みます。
この場合、寸法を追い込む側の面について平面研削するわけですから、中凹となっている可能性はよく認識されることと思いますが、他方の基準面はどうなっているでしょうか。加工面が中凹となるわけですから、他面はあるいはその変形に影響されて中凸に歪んでいる(つまり、「反り」を生じている)と考えたいところですが、実際には中凹になっています。そのため、平面研磨機での寸法加工によって仕上げ代の残し方が過小であれば、仕上げ後には目標寸法を割り込んでしまいます。
このことは、例えば基準寸法が5mm以下のものに限らず、例えば15mm(幅10mm)のものでもこの現象が生じます。つまり、基準寸法(及び測定面幅)の如何に関わらず生じる現象である故に、単に平面研削盤の砥石の切り込み圧力といった外部的要因のみが主たる原因というわけではないことを示唆しているものです。
以上のことを特に論及するのは、平面研磨機の砥石送りをナノ・レベルに微小化していくことによって超平面の形成が可能となるとかの議論がなされているからなのですが、単純化した言い方をすれば、どういう経過を辿ろうともワーク自体は「反る」か「だれる」かしてしまい、なかなか「中庸」の道は厳しいということなのです(片面だけなら平面形成は十分に可能で、現に加工システムは確立しています。ブロックゲージの量産工程においては両面同時研磨が採用されているようですが、それで一応の解決を見ているわけですが、ここで論じているような単品モノのような場合には採用できないことです。)。
従って、機械加工後には必ず基準面を検証して仕上げ直す必要があります。
ここら辺りの問題回避は、経験に拠ります。
●仕上げ(ラッピング)
一般的にラッピング作業といえば、ワーク表面の凹凸を平準化・平滑化する工程をいいます。この意味においては、電解研磨や化学研磨、超音波を利用した研磨等、必ずしも手作業である必要のない方法も開発されてきています。
ゲージの場合は、単にワーク表面の凹凸を平準化・平滑化するだけにとどまらず、平面を形成するということと、寸法精度を実現していくという特有の目的に統制された作業になります。
まず、平面を形成するという点ですが、「ラッピング工具の平面をワークに移していく作業」と定義されているように、ラッピング工具の平面を基準にワークの凸部分を繊細に削り込んでいく作業とされています。
この定義が立脚している具体的な作業工程のありようは、分かりやすい例を取り上げれば、良好な平面が実現されているラッピング定盤上に研削砥粒を均一に配分し、ラッピングすべきワークの面を定盤上で摺動させることのようです。確かにこの種の作業は一般的・日常的に行われているものではありますが、だからこそ確言できることは、最終的な平面の実現はほぼ不可能に近い、ということです(完全に否定できないのは、やりきってしまえることもないとは言えないからですが)。作業者の練度が低ければ摺動方向に対して凹面に・摺動方向に直角の方向に凸面にそれぞれなっていき、同時に、ワークの外辺部が過剰に研削されて丸くなる、という結果になります。作業姿勢が悪いから、ワークを保持する手の動きが安定しないから、ワークの摺動速度が一定しないから・・といった原因が指摘され、同時に、それらの点にこそ熟練の課題があるように示唆されるのですが、それは違うだろうと思っています。
論理的に詰めていけば、この方法が合理的であるとして、ラッピング作業を進めていけば定盤の理想的な平面がワークに移されていく結果、そこに現出するのは定盤とワーク間のリンギングによる密着です(リンギングに至る以前に油層による密着が生じますが)。つまり、一定以上にはラッピングができないわけです。良く平面が保たれた定盤上にブロックゲージを置いて見ればこのことは多言を要しません。
するとどう定義されるのが正しいかといえば、「ラッピング工具を用いてワーク上に平面を形成・実現していく作業」ということになりますが、これでは何も定義できていないことと同然です。しかし、これ以外に定義しようもないことも事実なのです。
現在はどうかはわかりませんが、「通常ラッピングすると中高になりがちだが、ヨハンソンのブロックゲージは中高どころかむしろ中低の、中央が抉れているような仕上げがされている(だからリンギングが強固だ)」という《風評》を耳にしたことがあります。ちょっとあり得ないことだと思っていましたが、理論的には充分に成立可能ですから、それを実現できるゲージ職人がその時代(戦後以前です)には存在していたのかも知れません。ラッピング技術の究極を示すものです。
ラッピング作業のもう一つの目的、すなわち、必要な寸法精度条件を実現していくという点については、ワークの任意の部分を任意の方向角で研削していけるハンド・ラッピングの技法が必須です。
このハンドラッピングの技法のルーツがよくわかりません。関西ではいわゆる『陸軍式』と指称されたゲージ仕上げ技法なのですが、大阪陸軍造兵廠を中心に集中的に教育訓練され(中心におられたのが武用某氏だといわれています)、戦後の関西ゲージ業界のベースとなった訳なのですが、大阪陸軍造兵廠の内実をまとめた書籍も少なく、よくわからない部分です。いつの時点でか、軍部が当時世界最高水準の諸測定機器を欧米諸国から大量に買い付けていった時にゲージ製作技術も移入させたのだろうとは思います(大阪陸軍造兵廠に設置された諸測定器類はドイツから潜水艦で運ばれてきたという、いささか戦争活劇風のエピソードが語られてもいますが、時代が符合しません)。
閑話休題。
最終仕上げとして《鏡面》ラップの問題があります。
鏡面という意味は、肉眼では研磨痕が判別できないほどに微細な表面平滑度が実現されているということと、ある像を映した場合に歪みが認知できないほどの表面平面度が実現されているという、2つの意味を含んでいます。この2つが同時的にハンド・ラッピングによって実現されていくのですが、『最後の一撫で』の問題があります。製作時の微細なキズや測定時に測定端子が接触した痕をきれいに消去する一撫でが何を用いてどのようになされているか、が外部からは窺い知れない技術なのです。ワーク表面とラッピング工具との間で研磨砥粒(あるいは、磨き砥粒)を浮遊させるということが先ず考えられますが、下手をすると平面精度を劣化させてしまいかねないリスクが存しています。柔らかな素材をラッピング工具として最終ラップするとすればその材質は何かです。木質材料を使うことが一般的に言われていますが、どうしても良質な鏡面が形成しがたく、『最後の一撫で』には不向きです。いろいろ努力してみる価値はあります。その努力の結果はゲージ面に如実に表現されています。
●寸法測定
ハンドラップによる仕上げ代として、5~10μmを見込みますが、前提として、基準側の面の完全な平面仕上げが完了していることが必要です。オプチカルフラットを当ててみて光筋が現れない状態が必要だと言えます(これで、0.1μm以下の平面度が実現できていることになります)。
寸法測定には0.2μmの分解能があれば一応は目的を達成できると思います。
論理的には0.1μmの分解能が保証されるためには0.01μmの分解能力が確保されていなければならないということになるのですが、この場合に至るとかなり本格的な恒温室が必須となります。0.01μmの分解能力を発揮する測定器も一般市販されている時代ですが、その能力に見合った測定実務は非常に難しいものです。
0級ブロックゲージとの比較測長をする場合、コンパレータ台の平面度が問題になります。
台が中低となっていると比較測長の意味は全くありません。メーカーの説明ではわずかに(2μm程の)中高となっているとしていますが、使用していれば摩耗していきますから、大きめのオプチカルフラットで検証する必要があります。
●問題点あれこれ
以上に記述してきたことをまとめましょう。
製作可能な測定面の大きさはハンドラップが可能な大きさと等しいことは当然ですが、寸法値もハンドラップが可能な寸法値(概ね3mm以上)となります。
ただ、「ブロックゲージ」というと私どものイメージでは寸法値50mm以下のものについて±0.2~0.5μm程度の製作公差のものを考えてしまいますが、±2μm程度を指定されるとそれは「高さゲージ」もしくは「厚みゲ-ジ」という観念が先立ち、通常のキー溝幅ゲージ等と同様の製作方法で事足りることになります。キー溝幅ゲージの場合は製作公差最大値に合わせますが、「ブロックゲージ」とされる場合は指示寸法値ジャストに合わせて作るという違いはありますが製作技術上は全く同一条件です。キー溝幅ゲージでもラフに製作しているわけではなく、公差最大値に対して測定面全域につき0.5μm読みのハイケータⅡ(ミツトヨ)で全く指針が振れない精度(アナログ測定器とはいえ±0.2μm以下の表面凹凸や面捩れ・面うねりを感知し表現しているかどうかは分かりません)で製作していますから、「ブロックゲージ」だからといって特に特別な技術が付加されるわけではありません。
ハンドラップができない大きさのものについては定盤ラップの方法に拠ります。
肝要な点は、寸法精度の有り様について製作方法が決まり(寸法精度だけのことを言えば、それが±5μmで良いなら平面研削盤で仕上げてしまえます)、寸法精度の有り様について表面粗さの程度と面精度の条件が決まります。ただ、ユーザーサイドからの期待としては、寸法精度条件にかかわらず測定面仕上げはほぼ鏡面に近いものを求められるでしょうが。