分類:よもやま話

総焼き入れゲージの問題

 右の写真のようになったから、これと同じゲージを製作してくれという依頼があった。

 当該品は総焼き入れゲージ。
 通常は、測定部だけを焼き入れるのだが、何時の頃からか、かなり以前からの話になるのだが、ゲージ全体を焼き入れしろという話が持ち上がってきていた。

 なぜ総焼き入れでないといけないかという(ユーザー側からの)理由は、測定部だけの焼き入れ品だと、「寸法がよく狂うから」。

 つまり、工具用鋼材(SK5/Sk4/Sk3/SKS3)では、ナマ材のままでは材料強度に不安があるということらしい。

 このことが意味していることは、一旦仕上げられたゲージも、「経年変化」で寸法は狂っていくもので、そのことについてはゲージ屋の責任ではなく、材料それ自体の持つ特性の故である、という、ゲージ屋の「不手際」を免責してくれるという話なのである。

 総焼き入れゲージとなれば、手間は掛かるし、いろいろと難しい問題が持ち上がるから、その分はコスト高となって高価格になってもやむを得ないという、ゲージ屋にとっては非常に有り難い話ではある。

 「経年変化」という言葉が何を意味するかという点が、実は深くは追究されてはいない。
 ゲージ製作工程で、無茶な力が加われば、その力が「残留応力」となって寸法の狂いの原因となる。
 あるいは、焼き入れに際して「焼き戻し」をしていなければ、そのことが寸法の狂いの原因となる。

 これらの問題をきちんと解決して(これは、ゲージ・メーカーの責任だろう)、
 それでもゲージの狂いが生じるかどうかが検証されるべきなのである。

 板ゲージ用の工具鋼、特に日立金属(株)のYG4/YCS3/SGTは、製鋼段階で「球状化焼き鈍し」がなされていて、工具鋼としての信頼性は絶対的なものであったし、材料としての「強度」も何ら不安を与えるようなものではないわけで、従って、残留応力が蓄積・累積しない加工法でゲージ製作をする、焼き入れに際してはきちんと「焼き戻し」をするということで、問題は生じないように出来るわけなのである。

 例えば、材料に強度をもたせようとする場合、ナマ材か、あるいは総焼き入れか、という「二者択一」の発想に安易にとらわれるのだが、鉄鋼材料というものは、ナマ材から総焼き入れに至るまでの間の「中間段階」があるだろうと言えるわけで、その「中間段階」で、必要とされる、あるいは、期待される強度というものを考えるわけである。

 なぜならば、総焼き入れゲージとしてしまった場合、ほとんど修正がきかない。
 敢えて修正を加えようとすると、かなり無茶な力を加えなければならなくなる。
 ゲージとしての信頼性が著しく損なわれるわけである。

 だから、私としては、この「中間段階」でゲージ製作をしてきているわけで、だから問題を生じたということはない。

 総焼き入れを施せば、寸法とか形状とかがもう変化しないと考える根拠はない。
 その材料が持つ「結晶構造」と「残留応力」とはまったく別な次元にあるものだから、総焼き入れしたものも、その製作過程での加工履歴に従って、変化・変位は生じる。

 写真の総焼き入れゲージの場合、「曲がり」が出ているわけで、おそらくは、寸法精度に対する信頼性は既に無かったろうと考えられる。また、写真のゲージは、「割れ」を生じているのだが、これは、何もユーザーが現場で無茶な使い方をしたとかというのが原因ではなくて、残留応力の故なのである。
 この亀裂部分に残留応力が蓄積されていて、経年に従って、亀裂になって表面化したわけである。
 焼き入れがまずかったというわけでもない。

 しょっちゅうあることかと問われれば、そうしょっちゅうあるわけではないと答えるわけだが、ただ、珍しい話ではない。

 以上の点は、顧客に対して縷々説明もするのだが、顧客側の要求レベルが高いと、ゲージ屋もそれに十分応答するだろうという「期待」があるのかも知れない。
 しかしながら、何でもかんでも「経年変化」として、言わば「神のみが知る事態」としてゲージ屋が免責されるのであれば、ゲージ屋の側としては、何も苦労することもないということになる。

 ダイス鋼を採用すれば、総焼き入れでないといけないとかどうかの問題は、まったく意味を失う。

総焼き入れゲージの問題:図1